国宝 犬山城

犬山城白帝文庫理事長 成瀬淳子氏に聞く

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令和3年、木材年輪調査の結果、現存する天守で最古のものと確認された国宝犬山城。犬山城の始まりは天文6年(1537年)、織田信長の叔父・信康によって濃尾国境の山上に築城されたと言われます。その後、小牧・長久手の合戦で徳川家康に功績を認められた成瀬正成が尾張徳川家の付家老として犬山城に入城。以来、成瀬家が代々犬山城城主として城を守り続けてきました。
明治の廃藩置県で県の所有となった一時期を除き、長らく個人所有の城として稀有な存在でしたが、現在では公益財団法人犬山城白帝文庫に移行しています。犬山城は白帝城とも呼ばれますが、崖下を流れる木曽川と緑成す風景に映える風情が、唐の詩人・李白が詠んだ「早発白帝城」を彷彿させることに由来。そんな解説を聞きながら、理事長の成瀬淳子氏に犬山城内や史料館をご案内いただきました。


公益財団法人 犬山城白帝文庫理事長
成瀬 淳子

第12代犬山城城主・成瀬正俊の長女として東京で生まれ育つ。1987年昭和女子大学卒業後、大手企業勤務。2000年1月、父・正俊より国宝犬山城と成瀬家伝来の所蔵品の維持管理・保存を全面的に任される。2004年、財団法人「犬山城白帝文庫」を設立し理事長に就任。2013年には財団法人から公益財団法人に移行する。現在、成瀬家13代当主及び公益財団法人理事長として、犬山城をはじめ文化財等々の調査・研究、維持保存に尽力している。


城が持つ気品を大切にするために留意していることは何ですか。城の修復では既存の設計に手を加えることがあるのでしょうか。(金城学院高等学校2年/山﨑凛瑠)

犬山城は既に気品を持っている城だと思っています。今考えているのは国宝というものは何なのかということ。重要文化財の中でも国宝に選ばれるという意味をよく考えて、どんな展開をすればよいのか各方面で話し合っています。修復については、昔は老朽化した木を差し替えて修理していましたが、今は悪いところだけを切り離して、古い木を保存しつつ修理しています。見学していただくために手すりなどを付けていますが、本体には極力影響がないようにしています。また文化庁でプロの意見もいただき、進めています。

犬山城は誰のデザインなのでしょう。犬山城を継ぐ決意をした時、迷いはありませんでしたか。(名古屋大学附属高等学校1年/足立心愛)

犬山城の創建は1537年です。かつて1587年前後には望楼型天守に改築されたと言われており2階までが古く、3、4階部分は新しいものだとされていました。ところが先ごろ行われた年輪調査から、創建当初から4階3層のお城だったことがわかりました。戦国時代の犬山城は豊臣家の意向が強いお城でしたから、豊臣方の武将が基本の形を造ったのではないでしょうか。その後4階の廻縁、唐破風等の増改築が成されたのだと思います。成瀬正成が犬山城を拝領した元和3年から寛永時代までの20年間に、成瀬家が今の形に整えていったのだと思います。
そんな時代の歴史を秘めた犬山城を継ごうと思うまでには時間もかかりましたが、決断した時にはもう一切の迷いはありませんでした。

犬山城は他の城と違い、天守の後ろに木曽川が流れている珍しい造りだと思いますが、そういう築城となった理由を教えてください。また、犬山城初の女性城主となって苦労されたことはありますか。(名古屋経済大学市邨高等学校2年/鵜飼伸哉)

背後に木曽川が流れる山上の城。それが戦国時代の特徴です。木曽川を犬山城の外堀に見立てているのです。自然の地形を活かして造られており、兵法でいう「後堅固の城」ですね。加えて「木曽を制する者は天下を制す」と言われていましたが、その訳はこの地が如何に重要な場所だったかを表しているのです。ここは濃尾国境にあって中山道と東海道に通じ、木曽川による交易、政治経済の要衝の地だったのです。木曽川と犬山城の風景を見るにつけ、犬山城を引き継いだことに誇りを感じます。

私には兄と弟がいるのですが、父は私が引き継ぎたいという申し出に、男女の区別なく真摯に受け止めてくれました。日本社会の男性上位意識の強さには、私自身受け止められるかどうか自問自答を繰り返していましたが、父は女性がトップに立ってもいいじゃないかと背中を押してくれたのです。引き継ぐと決めたらもう邁進するのみ。最終的には新しい時代の幕開けに一役買ったと思っています。

個人所有から財団法人化する際に苦労しましたか。現在では多くの人が訪れていますが、どんな楽しみ方をしてほしいと思いますか。(愛知県立明和高等学校2年/山口萌花)

実はお城の個人所有というのは犬山城成瀬家以外にはありませんでした。財団法人化することは前例もなく、理解を示してくれる人も非常に少なかったですね。当初、国が作るのか県なのかでまとまらず、財団の設立には、目指してから約4年の歳月を費やしました。私は東京生まれ東京育ちですが、結局住所を犬山に移しました。犬山のお城と生涯共に生きる決心をしたのです。戦国時代から江戸時代を経て、この地に今なお生きる犬山城とその背景には、悠久の歴史が秘められています。

そんな雰囲気を味わってもらえたら、とてもうれしいです。

犬山城を引き継いで、わからないことがある時はどうしましたか。先ほどご案内くださった犬山城の中で、必見の場所はどこでしょうか。(四日市メリノール学院高等学校2年/林柚希)

犬山城のことをあらためて具体的に父から教わったことはありませんでした。質問したこと以外、何も言わない人でしたから。でも父は私を小さい頃からよく連れて歩いていました。その時に話したことや父の城との接し方等、諸々のことが私の心に刻み込まれていったのです。いわば父の背中を見て生き方を伝授されてきたと思います。そんなことを思い出しながら、犬山城所有団体の長として対処しています。

犬山城で特に観ていただきたいのは、何といっても4階の高欄の間にあった廻縁からの眺めです。眼下には木曽川、小牧山、対岸には伊木山、そして岐阜城、遠くには連なる山々を望む360度の絶景を通して殿様気分を味わってください。


インタビューを終えて

成瀬淳子さんと犬山城の本丸跡で待ち合わせ、淳子さんご自身に城内をご案内いただきました。様々な質問にもわかりやすい解説でお答えくださって、和やかな雰囲気のなかインタビューできました。犬山城4階の高欄の間には歴代当主の肖像画と11代・12代の写真が掲げられていたのですが、淳子さんのおじい様やお父様の格好良さに見入っていると「犬山城はイケメンが好きなのよね。」と淳子さん。

1階の上段の間が造られたいきさつや、今はもう見られない石落としの話、戦国時代に豊臣方が難攻の木曽川を渡った話等、興味深い逸話が盛り沢山でした。

インタビューを終えての雑談では、淳子さんの幼少期から学生時代のこと、犬山城を引き継ぐことになってから学芸員の資格を取ったこと、犬山城の鯱に落雷した時に、周りの人々にとっての犬山城が如何に大切なものであるかを気づかされたという話等、プライベートなことを交えながらお話しくださったことが深く心に残りました。

最後に「選んだ道で後悔しないこと。人生は一人ひとり違って当り前。道を選ぶのは自分だから決して人のせいにせず、自信を持って生きてほしいと思います。自省から言うのですが、若い時は吸収率が高いから、是非、今のうちにいっぱい勉強してください。」とメッセージをいただきました。


Interviewer

山﨑 凛瑠 金城学院高等学校2年
足立 心愛 名古屋大学附属高等学校1年
鵜飼 伸哉 名古屋経済大学市邨高等学校2年
山口 萌花 愛知県立明和高等学校2年
林 柚希  四日市メリノール学院高等学校2年


INFORMATION

国宝 犬山城
National treasure INUYAMA CASTLE

愛知県犬山市犬山北古券
TEL.0568-61-1711(犬山城管理事務所)
https://inuyama-castle.jp
開場時間:9:00~17:00(入場は16:30まで)
定休日:12/29~31
入場料:一般 550円、小中学生 110円



デザインレイアウト/スタジオゴブリン
ライティング/宮崎ゆかり
フォト/ミゾグチジュン

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