JAXA

宇宙飛行士 油井亀美也さん
「宇宙飛行士の生活」とは

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今年の7月に、JAXA宇宙飛行士油井亀美也さんが国際宇宙ステーション(ISS)での約5ヶ月間に渡る滞在を開始しました。
前職が航空自衛隊のテストパイロットであったこともあり、油井宇宙飛行士の軌道上での活躍がさかんに報道されています。
先日は安倍首相とのテレビ対談も報道されていました。
さらに、油井宇宙飛行士もその一員であった7年前の宇宙飛行士候補者の選抜プロセスや、第三次試験まで残った10人のその後の顛末がTVのドキュメンタリー番組によって紹介され、「宇宙飛行士」の華やかな側面にスポットライトが当てられています。
しかし、宇宙飛行士候補者に選抜された後の、訓練から搭乗に至るまでのプロセスは、「遥か遠くに山の頂は見えるが、そこまでのアプローチが見えない」とも表現されています。
ここでは、JAXAに所属する宇宙飛行士達の地上での活動を紹介します。

「1年を20日で暮らすよい男」。
これは江戸時代、1年に春と秋の二場所の合計20日間だけ相撲をとる力士の暮らしぶりを、いささか、うらやましく思う気持ちを込めてうたった川柳です。
宇宙飛行士も、軌道上の活動だけを捉えると、江戸期の相撲力士と同じ様にも見えます。宇宙飛行士の若田光一さんの場合、これまで4回の宇宙飛行(そのうち長期滞在が2回)を行い、通算の宇宙滞在時間は347日8時間33分と日本人最長になります。
そして、JAXAでの勤務は1992年4月の入社以来、今の時点では23年と5ヶ月ですから、単純計算で若田宇宙飛行士の場合、「1年を15日で暮す」ことになり、江戸時代の相撲力士よりも上を行く暮らしぶりになります。
しかし、実際は、江戸の相撲力士が、日々、土にまみれて稽古を行い、地方興行も務めたように、宇宙飛行士も、過酷とも言えるスケジュールで訓練の果てに、宇宙での滞在に至ります。

JAXAにおける宇宙飛行士の業務は、「搭乗」、「訓練」、「開発支援」、「普及啓発」の4つから構成されます。
「搭乗業務」はISSやロシア宇宙船ソユーズへの搭乗、それらのシステム機器の操作、軌道上実験の実施や取得データの解析が含まれ、もっとも華やかな業務です。
「訓練業務」は搭乗業務に必要な知見や技量の修得、英語とロシア語でのコミュニケーション能力、環境適応能力の維持向上、そして、搭乗の最中に行なうミッション固有の訓練があります。
山のような手順書を読み込んで訓練に臨んでも、厳しい評価が下され、再訓練の場合もあります。
「開発支援業務」は、ISS/日本実験棟「きぼう」のシステム機器や搭載実験装置の設計評価、開発試験での結果評価があります。
4番目の「普及啓発業務」は、有人宇宙活動を含む宇宙開発利用に対する国民の皆さんに広く理解してもらうと共に、継続的な支持を得る広報活動です。
私たちが行っている活動を丁寧に説明し、理解してもらい、継続的な支援をお願いしていく業務です。

どの業務も、宇宙活動の実施には必須で、甲乙を付けるのは難しいのですが、宇宙飛行士の立場からすれば、前述の相撲力士に例えれば、最終目的の「搭乗業務」以外の「訓練業務」、「開発支援業務」、「普及啓発業務」で1年の大半を過ごすことになります。
つまり、「15日の搭乗業務」のために、残りの350日を訓練などで過ごすことになります。

JAXAの宇宙飛行士は、応募から選定までたくさんのプロセスを経て宇宙飛行士候補者に選定された後、「基礎訓練」、「維持向上訓練」、「固有訓練」の3段階を経て「搭乗」に至ります。
そして、それらの訓練の途中で、「NASA/MS※認定」と「JAXA宇宙飛行士認定」の二つの資格認定と「ISS搭乗割当」の関門を潜り抜けることが必要となります。
その後に、固有訓練を行い、最終的に搭乗までに要する期間は最短でも6年になります。

 

宇宙飛行士候補者の選抜要件は、「宇宙飛行士の訓練実施に足る知識や語学能力の有無、身体特性、心理特性の適合性」ですが、JAXA宇宙飛行士の認定要件は「搭乗に必要な知識・技術と環境順応能力の保有」となります。
宇宙業界に飛び込んだ直後に行なう基礎訓練はこの2つの要件のギャップを埋めるように行われます。
当然のことながら、その実践は一言では表せないほどタフです。JAXAに所属する宇宙飛行士がそれぞれ本を出版しており、その中にたくさんの苦労話が披露されていますので、興味のある方は一度、読んでみてください。さらに、宇宙飛行士に認定された後には、各人の技量毎に定められた維持向上訓練を行います。
この訓練が宇宙飛行士にとって悩ましい点は、1年単位の訓練がいつまで続くか判らないことです。
つまり、維持向上訓練が搭乗の指名まで続くことです。当人にとって、これほど辛いことは無く、同様な訓練システムを採るNASAの宇宙飛行士の中には、長い訓練の果てに、宇宙での任務遂行を果たせずに辞めていく例もあったそうです。

宇宙飛行士の健康管理担当者によると、「宇宙飛行士にとって、最大のストレスは、宇宙飛行士になれるかではなく、実際に飛行任務に就けるかどうか」で、また、「それが何時になるか」だそうです。

長い訓練を経て搭乗するインクレメント(期間)が決まると、そのインクレメントでの固有訓練が始まります。
その1年半から2年の間、週7日の内、月曜から金曜まで訓練を行い、土曜と日曜で次の訓練地に移動するので、宇宙飛行士は、搭乗指名からISS搭乗認定までの間、大きなスーツケースを二個抱えて、アメリカ/ロシア/ドイツ/カナダ/日本と訓練地を渡り歩く日々となります。
その間、休暇も6週間ほど確保されていますが、訓練の日々の過酷さは我々の想像を超えます。一連の固有訓練を終了すると、維持・向上訓練や固有訓練で示した技量の水準、そして、英語とロシア語の習熟レベル、直近の健康状態を総合的に評価され、最後に、搭乗するインクレメントの船長の評価も加えて、長期滞在の準備が終了します。
そして、ISS構成国の各代表が、それらの結果を確認して、「飛行準備完了認定証(Certificate of Flight Readiness)」に署名して、晴れて長期滞在の準備が完了します。
長くて厳しい訓練の行程を、無事、やり遂げて「搭乗」が確定した宇宙飛行士の安堵感は、我々普通人には決して味わうことが出来ないものでしょう。

このようなプロセスを経て、現在、軌道上で活躍するJAXA宇宙飛行士油井亀美也さんの活躍があります。
種子島からH-ⅡBロケットで打上げられた補給船「こうのとり」5号のキャプチャー(ロボットアームで「こうのとり」を掴む)ミッションも、アメリカやロシアの補給船の失敗が続いた中、地上で通信役を務めた若田宇宙飛行士と絶妙のコンビを示し、見事にやってのけました。固唾を飲んで見守った世界中の宇宙関係者の喝采を浴びたのは言うまでもありません。

ミッション直後のやり取りは、二人の安堵感をよく現してます。
(若田)「日本のものづくりの技術とチームの情熱・チームワークの力で無事に到着したと思います。油井さん、すばらしいキャプチャでした。」
(油井)「有難うございました。しっかりと仕事が出来ました。宇宙開発では小さな歯車ですが、一等星並みに輝けました。」

そして、油井宇宙飛行士はツイッターで、「こうのとり、無事に届きましたよ! 人生の中で最も日の丸を誇らしく思った日です!」と呟いています。
https://twitter.com/Astro_Kimiya

JAXA宇宙飛行士の、表には現れない活動の一部を紹介しました。
私たちの代表として、国際舞台で活躍する彼らを誇りに思い、そして、応援していただけると、嬉しく思います。

柳川 孝二(JAXA 広報部)


※ミッションスペシャリスト(搭乗運用技術者) Mission Specialist(MS)
スペースシャトルの運用全般を担当し、ロボットアーム操作などのスペースシャトルのシステム運用や船外活動、パイロットの補佐などを行う。国際宇宙ステーション(ISS)の組み立てには、MSが中心的な役割を担う。JAXAは宇宙飛行士候補者をNASAに派遣し、基礎訓練の一環として訓練を委託し、MS資格を取得させる。

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